伊勢ヶ濱一門とは?2026年7月の全5部屋一覧と系譜・師匠・関取を徹底解説
伊勢ヶ濱一門(いせがはまいちもん)は、大相撲における5つの一門の一つです。2026年7月時点では、伊勢ヶ濱部屋・安治川部屋・大島部屋・浅香山部屋・朝日山部屋の5部屋が所属し、元横綱・照ノ富士が伊勢ヶ濱春雄を襲名して本家の部屋を継承したことでも注目を集めています。
一方で、一門の歴史は単純な師弟関係だけでは説明できません。旧安治川部屋から伊勢ヶ濱部屋への名称変更、元安美錦による安治川部屋の新設、友綱部屋から大島部屋への改称など、年寄名跡の継承や部屋の独立が複雑に絡み合っています。日本相撲協会の公式情報と相撲史の資料を手がかりに、2026年7月場所の所属部屋・師匠・関取から、歴代の系譜まで整理します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 所属部屋:2026年7月時点の伊勢ヶ濱一門は、伊勢ヶ濱・安治川・大島・浅香山・朝日山の全5部屋。
- 現在の中心人物:元横綱・照ノ富士が2025年6月に伊勢ヶ濱春雄を襲名し、伊勢ヶ濱部屋を継承。
- 歴史の要点:旧安治川部屋と現在の安治川部屋は名称が同じでも別の時代の部屋。大島部屋も友綱部屋からの名称変更によって成立した。
【基本解説】伊勢ヶ濱一門とは?現在の所属部屋と役割
伊勢ヶ濱一門とは、複数の相撲部屋が歴史的なつながりや協力関係を通じてまとまった、大相撲の組織的なグループです。日本相撲協会には、伊勢ヶ濱一門のほか、出羽海一門・二所ノ関一門・時津風一門・高砂一門があり、合わせて5つの一門が存在します。
一門は、同じ部屋に所属する力士の集まりとは異なります。力士はそれぞれの相撲部屋に所属し、師匠の指導を受けます。一門はその上位にある、複数の部屋を結びつける枠組みです。部屋同士の連携や協会運営に関係するため、相撲界の組織構造を理解するうえで欠かせません。
ただし、一門の所属と部屋の名称は同じ基準で決まるわけではありません。部屋の合併・独立や年寄名跡の継承によって、師匠や部屋名が変わることがあるからです。日本相撲協会の公式サイトでは各部屋の師匠や所属力士を確認できますが、一門の所属一覧は公式の部屋紹介とは別に、相撲史や報道資料などを照合して把握する必要があります。
伊勢ヶ濱一門の特徴は、単一の部屋から枝分かれした集団ではなく、立浪系、高島系、旧友綱系、伊勢ヶ濱系、朝日山系など、異なる歴史を持つ部屋が合流しながら形成されてきた点にあります。現在の5部屋を理解するには、所属名だけでなく、それぞれの部屋がどのような経緯で現在の形になったかを見ることが重要です。

【2026年7月最新版】伊勢ヶ濱一門の所属5部屋一覧・師匠・関取
2026年7月場所時点の伊勢ヶ濱一門は、5部屋・関取11人という構成です。以下は、日本相撲協会の部屋紹介と同場所の番付をもとに整理した一覧です。関取とは、幕内と十両の力士を指します。
| 相撲部屋 | 現在の師匠・現役時代の四股名 | 所在地 | 2026年7月場所の関取 |
|---|---|---|---|
| 伊勢ヶ濱部屋 | 伊勢ヶ濱春雄(元横綱・照ノ富士) | 東京都墨田区立川 | 熱海富士、義ノ富士、伯乃富士、錦富士、尊富士、寿之富士、翠富士、炎鵬、嵐富士 |
| 安治川部屋 | 安治川竜児(元関脇・安美錦) | 東京都江東区石島 | 安青錦 |
| 大島部屋 | 大島勝(元関脇・旭天鵬) | 東京都葛飾区青戸 | 旭海雄 |
| 浅香山部屋 | 浅香山博之(元大関・魁皇) | 東京都墨田区緑 | 該当なし |
| 朝日山部屋 | 朝日山宗功(元関脇・琴錦) | 千葉県鎌ケ谷市くぬぎ山 | 該当なし |
関取の番付は2026年7月場所のものです。伊勢ヶ濱部屋には幕内・十両の力士が9人、安治川部屋と大島部屋にはそれぞれ1人ずつ在籍し、合計11人となります。浅香山部屋と朝日山部屋にも力士は所属していますが、この時点では幕内・十両に該当する関取はいません。
この一覧から読み取れるのは、伊勢ヶ濱部屋が一門の関取層を支える中心的な存在である一方、安治川部屋や大島部屋も関取を輩出していることです。部屋の規模や関取の人数は場所ごとに変わるため、所属力士を調べる際は、部屋の公式紹介と対象場所の番付を組み合わせて確認すると、より正確に把握できます。
【系譜と歴史】伊勢ヶ濱一門はどのように成立したのか
伊勢ヶ濱一門の歴史をたどる際、最初に押さえたいのが立浪部屋の存在です。大正時代、春日山部屋に所属していた小結・緑嶌が現役を引退して4代立浪を襲名し、立浪部屋を創設しました。この立浪系の流れが、一門の歴史を考えるうえで重要な出発点となります。
その後、異なる系譜の部屋が合流し、一門の構成は変化していきました。相撲史の資料では、立浪系に加え、高砂一門から独立した8代高島(元前頭・八甲山)につながる高島系、旧友綱系から合流した伊勢ヶ濱系、東京相撲への合流後に独自の歴史を持ちながら加わった朝日山系など、複数の流れに整理されています。
ここで注意したいのは、歴史上の系譜と現在の所属部屋が必ずしも一対一で対応するわけではないことです。部屋の消滅、再興、師匠の交代、独立などが繰り返されたため、ある部屋の起源をどの師匠や年寄名跡までさかのぼるかによって、系譜の整理方法が変わる場合があります。
相撲ライターの田口通廣による系譜整理でも、現在の伊勢ヶ濱部屋につながる旧安治川部屋の流れを、高島系の歴史と結びつけて捉える見方が示されています。部屋名を基準に見るのか、歴代師匠や所属力士の移籍を基準に見るのかによって、同じ部屋でも歴史上の位置づけが異なるわけです。
こうした複雑さこそ、伊勢ヶ濱一門を理解するうえでの重要なポイントです。現在の5部屋は、同じ名前の部屋が長期間そのまま続いた結果ではなく、異なる系譜が合流し、部屋の名称や師匠を引き継ぎながら形成されてきた集団なのです。
【名称変更の経緯】旧安治川部屋から伊勢ヶ濱部屋へ、そして元安美錦の独立
伊勢ヶ濱一門の歴史で特に混同されやすいのが、安治川部屋と伊勢ヶ濱部屋の関係です。現在の伊勢ヶ濱部屋は、もともと安治川部屋として活動していた部屋を前身としています。日本相撲協会の公式発表と伊勢ヶ濱部屋の沿革を照らし合わせると、名称変更の経緯が見えてきます。
1979年、元陸奥嵐が安治川部屋を創設しました。その後、1993年に元横綱・旭富士が安治川の名跡を継承して部屋を引き継ぎます。旭富士は、安美錦や安馬(のちの日馬富士)らを育て、部屋の基盤を築きました。
転機となったのが2007年です。1929年創設の旧伊勢ヶ濱部屋が同年2月に閉鎖された後、旭富士は年寄名跡を交換する形で伊勢ヶ濱を襲名しました。同年11月30日には、安治川部屋が伊勢ヶ濱部屋へと改称されています。つまり、現在の伊勢ヶ濱部屋は、旧伊勢ヶ濱部屋がそのまま存続したものではなく、旧安治川部屋の系譜を受け継いだ部屋です。
さらに2022年には、元関脇・安美錦が安治川部屋を新たに創設しました。これが現在の安治川部屋です。名称は同じでも、1979年に創設され、2007年に伊勢ヶ濱部屋へ改称した旧安治川部屋と、元安美錦が独立して開いた現在の安治川部屋は、区別して理解する必要があります。
現在の安治川部屋では、師匠の安治川竜児が指導にあたり、安青錦が関取として活躍しています。伊勢ヶ濱部屋の歴史を知るうえでも、安治川部屋という名称が別の時代に再び使われるようになった経緯は欠かせません。
【大島部屋と浅香山部屋】友綱の名跡変更が示すもう一つの系譜
大島部屋の成り立ちを理解するには、旧友綱部屋との関係を押さえる必要があります。現在の大島部屋は、元関脇・旭天鵬が師匠を務める部屋ですが、その前身は友綱部屋です。旭天鵬は現役時代に所属部屋の師匠の定年に伴って移籍し、引退後には友綱部屋を継承しました。
その後、2022年に旭天鵬が年寄名跡を友綱から大島へ変更したことで、部屋名も大島部屋へと変わりました。ここで押さえたいのは、友綱から大島への変更は、単に看板を掛け替えただけではなく、師匠が継承する年寄名跡の変更を伴っていたという点です。
大島部屋には2026年7月場所時点で旭海雄が関取として所属しています。部屋名が変わっても、所属力士の育成や歴代師匠から受け継いだ歴史が途切れるわけではありません。年寄名跡の継承と部屋の沿革を分けて考えることで、名称変更の意味が理解しやすくなります。
一方、浅香山部屋は元大関・魁皇が師匠を務める部屋です。2014年に創設され、現在は浅香山博之として後進を指導しています。年寄名跡の継承や独立によって部屋が生まれる仕組みを知るうえで、浅香山部屋も重要な存在です。
浅香山部屋には、元関脇・魁聖の友綱一郎も年寄として所属しています。この点からも、友綱という名跡と大島部屋の名称変更は、相撲界の歴史をつなぐ複数の継承関係の一部であることが分かります。

【照ノ富士から伊勢ヶ濱春雄へ】2025年の継承と現在の師匠
伊勢ヶ濱部屋の新たな節目となったのが、元横綱・照ノ富士の引退と師匠就任です。照ノ富士は2025年1月17日に現役引退を発表しました。その後、日本相撲協会は同年6月9日付で年寄名跡の継承と部屋の継承を承認しています。
協会の公式発表によると、元横綱・旭富士は年寄名跡の宮城野を継承し、元横綱・照ノ富士は伊勢ヶ濱を襲名すると同時に伊勢ヶ濱部屋を継承しました。照ノ富士は伊勢ヶ濱春雄となり、横綱として土俵に立つ側から、力士を育てる師匠の立場へと移っています。
この継承は、単なる親方の交代ではありません。現役時代に横綱まで上り詰めた力士が、歴代の師匠から受け継いできた部屋の運営と育成を担うことになった転換点です。伊勢ヶ濱部屋の名称と伝統は維持されながら、指導の中心人物が変わったことになります。
2026年7月場所時点では、伊勢ヶ濱部屋に熱海富士、義ノ富士、伯乃富士、尊富士らの幕内力士に加え、十両力士も所属しています。関取の層が厚いことは一門全体の存在感にもつながっていますが、関取の人数だけで部屋の育成力や将来性を評価するのは早計です。幕下以下の力士を含めた育成状況や、長期的に関取を輩出できる体制にも目を向ける必要があります。
また、朝日山部屋では元関脇・琴錦の朝日山宗功が師匠を務めています。浅香山部屋の元大関・魁皇、大島部屋の元関脇・旭天鵬、安治川部屋の元関脇・安美錦と合わせ、各部屋には異なる現役時代の経験を持つ指導者がいます。伊勢ヶ濱一門は、中心となる伊勢ヶ濱部屋だけでなく、それぞれの師匠が独自に弟子を育てる5部屋の集合体です。
【他の相撲一門との違い】伊勢ヶ濱一門を理解する3つの視点
伊勢ヶ濱一門と他の一門の違いを考える際、最初に理解しておきたいのは、一門の所属だけで力士の強さや相撲の型が決まるわけではないということです。一門は歴史的な系譜と部屋同士のつながりを示す枠組みであり、個々の力士の実力は本人の取り口や稽古、指導環境などによって変わります。
第一の違いは、成立の経緯が複合的であることです。伊勢ヶ濱一門には、立浪系、高島系、旧友綱系、伊勢ヶ濱系、朝日山系など、異なる歴史を持つ流れが関係しています。現在の5部屋だけを見て、すべてが同じ師匠から枝分かれしたと考えると、歴史を正しく理解できません。
第二の違いは、部屋名と年寄名跡が変わっても系譜が続くことです。旧安治川部屋が伊勢ヶ濱部屋へ改称された例や、友綱部屋が大島部屋になった例は、その代表です。部屋名だけを追うと、別の部屋が同じ名称を使い始めた場合や、師匠が名跡を変更した場合に、歴史のつながりを見失いやすくなります。
第三の違いは、一門の所属と個別の部屋運営を区別する必要があることです。一門が同じだからといって、師匠や所属力士、稽古環境まで同じになるわけではありません。伊勢ヶ濱部屋、安治川部屋、大島部屋、浅香山部屋、朝日山部屋は、それぞれ独立した相撲部屋として活動しています。
一門を比較する際は、部屋数や関取数だけでなく、歴代師匠の継承関係、部屋の独立・改称の経緯、現在の師匠と所属力士を順番に確認すると、各一門の特徴をつかみやすくなります。特に伊勢ヶ濱一門は、名称の変化が多いため、年表と系譜を組み合わせて見る方法が有効です。
【プロの結論】伊勢ヶ濱一門は「部屋名」より「継承の歴史」で理解する
伊勢ヶ濱一門を理解するうえで最も重要なのは、現在の5部屋を固定された家系図として見るのではなく、部屋の独立、名称変更、年寄名跡の継承を通じて形成された歴史的なネットワークとして捉えることです。
たとえば、伊勢ヶ濱部屋は旧安治川部屋から名称を変えて現在に至り、元安美錦は独立して新たな安治川部屋を創設しました。大島部屋は友綱部屋を前身とし、元旭天鵬による名跡変更を経て現在の名称になっています。こうした事例を知ると、同じ名前の部屋でも時代によって意味が異なることが分かります。
また、2025年の照ノ富士から伊勢ヶ濱春雄への継承は、一門の歴史が現在進行形で受け継がれていることを示す出来事です。歴代師匠が築いた部屋を次の世代が引き継ぎ、所属力士を育成するという相撲部屋の仕組みが、伊勢ヶ濱一門の変遷にも表れています。
所属部屋を調べたい人は、日本相撲協会の公式サイトで師匠と力士を確認し、対象場所の番付で関取の在籍状況を確かめるのが基本です。歴史を深く知りたい人は、さらに部屋の沿革や年寄名跡の継承をたどると、現在の名称だけでは分からないつながりが見えてきます。
【伊勢ヶ濱一門】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:2026年の伊勢ヶ濱一門には何部屋ありますか?
A1:2026年7月時点では、伊勢ヶ濱部屋・安治川部屋・大島部屋・浅香山部屋・朝日山部屋の5部屋です。各部屋の師匠や関取の在籍状況は、対象場所の番付によって変わる場合があります。
Q2:伊勢ヶ濱部屋の師匠は照ノ富士ですか?
A2:2025年6月9日付で元横綱・照ノ富士が伊勢ヶ濱の年寄名跡を継承し、伊勢ヶ濱部屋を継承しました。現在の年寄名は伊勢ヶ濱春雄です。
Q3:安治川部屋と伊勢ヶ濱部屋は同じ部屋ですか?
A3:歴史上のつながりはありますが、現在の安治川部屋と伊勢ヶ濱部屋は別々の相撲部屋です。旧安治川部屋は2007年に伊勢ヶ濱部屋へ改称され、その後、元安美錦が2022年に新たな安治川部屋を創設しました。
Q4:大島部屋はなぜ友綱部屋と呼ばれていたのですか?
A4:現在の大島部屋は、元旭天鵬が継承した友綱部屋を前身としています。2022年に旭天鵬が年寄名跡を友綱から大島へ変更したことで、部屋名も大島部屋に改称されました。
Q5:伊勢ヶ濱一門の所属力士は全員、伊勢ヶ濱部屋に所属していますか?
A5:いいえ。力士はそれぞれ伊勢ヶ濱部屋、安治川部屋、大島部屋、浅香山部屋、朝日山部屋のいずれかに所属します。一門は複数の部屋をまとめる枠組みであり、一門内のすべての力士が同じ部屋に所属するわけではありません。
まとめ:伊勢ヶ濱一門の今後を見極めるためのポイント
伊勢ヶ濱一門は、2026年7月時点で5部屋からなる大相撲の一門です。伊勢ヶ濱春雄が継承した伊勢ヶ濱部屋を中心に、安治川部屋・大島部屋・浅香山部屋・朝日山部屋がそれぞれの歴史と指導体制を持ちながら活動しています。
その成り立ちは、旧安治川部屋から伊勢ヶ濱部屋への改称、元安美錦による安治川部屋の独立、友綱部屋から大島部屋への名称変更など、複数の出来事が重なって形成されたものです。歴史を理解するには、部屋名だけでなく、師匠の交代と年寄名跡の継承まで確認する必要があります。
今後の動向を見る際も、所属部屋の構成、師匠の継承、関取の番付を分けて追うことが大切です。現在の5部屋がどのような系譜から生まれ、どの力士を育てているのか。そのつながりを知ることが、伊勢ヶ濱一門の歴史と現在を正しく理解するための近道です。 (出典: 伊勢 ヶ 濱 一門(Yahoo!ニュース))