阪神タイガースのキャプテンは誰?2026年最新と歴代主将・選手会長の違いを徹底解説
2026年の阪神タイガースでキャプテンを務めるのは、捕手の坂本誠志郎です。藤川球児監督は2025年12月、4年ぶりにキャプテン制度を復活させ、坂本を「ゲームキャプテン」に指名しました。中野拓夢がサブキャプテンとして坂本を支える体制も整えられています。
一方、2026年の選手会長は投手の村上頌樹です。キャプテンと選手会長は似た役職に見えますが、担う役割は同じではありません。阪神には松木謙治郎を初代主将とする歴史があり、鳥谷敬や藤川球児が野手・投手それぞれのキャプテンを務めた時代もありました。歴代主将の就任年や制度の変遷を整理すると、現在のリーダー体制が採用された理由も見えてきます。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 2026年のキャプテン:坂本誠志郎がゲームキャプテン、中野拓夢がサブキャプテン役を担う。
- 2026年の選手会長:村上頌樹。2025年まで2年間務めた中野拓夢から引き継いだ。
- 歴代主将の重要人物:初代の松木謙治郎、野手キャプテンの鳥谷敬、投手キャプテンの藤川球児らが名を連ねる。
【2026年最新】阪神タイガースのキャプテンは坂本誠志郎!
2026年の阪神タイガースでは、坂本誠志郎がゲームキャプテン、中野拓夢がサブキャプテン役、村上頌樹が選手会長という体制になっています。3人ともチームを支える立場ですが、役割はそれぞれ異なります。
2025年12月16日、藤川球児監督は翌2026年シーズンからキャプテン制度を復活させ、坂本をゲームキャプテンに指名する方針を明らかにしました。日刊スポーツやデイリースポーツなどの報道によると、岡田彰布前監督の下で廃止されていた制度が、4年ぶりに復活することになりました。
2026年ゲームキャプテン
ポジションは捕手。2022年にもキャプテンを務めており、今回が2度目の就任です。試合中に状況を把握し、守備位置や作戦面でチームを支える役割が期待されています。
サブキャプテン役
2024~2025年の選手会長。坂本がコンディション不良などで不在の場合にキャプテンの役割を代行する立場として、藤川監督から信頼を寄せられています。
2026年選手会長
2025年11月28日、球団公式サイトが翌シーズンの選手会長への就任を発表しました。投手として先発ローテーションを担う一方、選手の意見を取りまとめる役割も担当します。
藤川監督が坂本を指名した背景には、村上が先発投手であり、遠征先で常にチーム全体の動きを把握できるわけではないという事情があります。捕手として試合の流れを読み、グラウンド上で選手と意思疎通を図れる坂本が、ゲームキャプテンに適任だと判断されたのです。
今回の人選で注目したいのは、単にチームを盛り上げるリーダーを置いたのではなく、試合中の判断や連携を支える役割としてキャプテンを位置づけたことです。藤川監督は従来のキャプテン像とは異なる、実戦的なリーダーシップを坂本に求めています。

【歴代主将一覧】阪神タイガースのキャプテン就任年を時代別に整理
阪神タイガースの歴代主将を振り返ると、1936年の球団創設期から戦前・戦後の名選手、そして2012年以降の現代的なキャプテン制度まで、時代ごとにリーダーのあり方が変わってきたことがわかります。
野球殿堂博物館は松木謙治郎を「初代タイガース主将」と紹介しています。以下は、歴代主将を整理した野球資料や球団の沿革、各年のキャプテンに関する発表・報道をもとに、主な就任年をまとめた一覧です。戦前・戦後の記録には同じ年に複数の人物が記載されるケースもあります。
| 選手名 | ポジション | 主な就任年 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 松木謙治郎 | 内野手 | 1936~1938年 | 初代タイガース主将 |
| 若林忠志 | 投手 | 1939年 | 創設期の投手主将 |
| 田中義雄 | 捕手 | 1940・1942・1943年 | 戦前の主将 |
| 景浦將 | 内野手 | 1943年 | 田中義雄と同年の記録あり |
| 藤村富美男 | 内野手 | 1946・1947~1949年 | 戦後の主力選手 |
| 御園生崇男 | 投手 | 1946・1950・1951年 | 投手の主将 |
| 金田正泰 | 外野手 | 1952~1957年 | 1950年代の主将 |
| 白坂長栄 | 内野手 | 1958・1959年 | 1950年代後半の主将 |
| 吉田義男 | 内野手 | 1960~1969年 | 長期にわたって主将を担当 |
| 安藤統男 | 内野手 | 1973年 | 昭和期の主将 |
| 鳥谷敬 | 内野手 | 2012~2016年 | 野手キャプテン |
| 藤川球児 | 投手 | 2012年 | 投手キャプテン |
| 福原忍 | 投手 | 2016年 | 投手キャプテン |
| 福留孝介 | 外野手 | 2017~2018年 | 現代のキャプテン制度 |
| 糸原健斗 | 内野手 | 2019~2020年 | 野手キャプテン |
| 大山悠輔 | 内野手 | 2021年 | 野手キャプテン |
| 岩貞祐太 | 投手 | 2021年 | 投手キャプテン |
| 坂本誠志郎 | 捕手 | 2022・2026年~ | 2022年の主将、2026年のゲームキャプテン |
この一覧から読み取れる特徴は、キャプテン制度が一貫して同じ形で運用されてきたわけではないことです。創設期には松木謙治郎のような主将がチームを率い、2012年以降は野手と投手にそれぞれキャプテンを置く方式も採用されました。さらに、2023~2025年にはキャプテン制度が廃止され、2026年にはゲームキャプテンという形で再び導入されています。
【鳥谷敬・藤川球児】野手キャプテンと投手キャプテンの時代
阪神のキャプテン制度を語るうえで、鳥谷敬と藤川球児の存在は欠かせません。2012年には野手キャプテンと投手キャプテンを分けて任命する方式が採用され、鳥谷が野手、藤川が投手のリーダーを務めました。
鳥谷は遊撃手として長く阪神の中心を担い、2012年から2016年まで野手キャプテンを務めた選手として記録されています。守備や打撃で結果を残すだけでなく、野手陣をまとめる役割も任されました。
当時の背番号は「1」。ただし、背番号1がキャプテン専用という意味ではなく、選手個人に割り当てられた背番号と役職は別のものです。
藤川は2012年に投手キャプテンを担当しました。現役時代に投手陣をまとめる立場を経験したことは、2026年に監督としてチームのリーダー体制を組み立てる際にも興味深い経歴です。
当時の背番号は「22」。藤川はその後、2025年から阪神の監督を務め、2026年にはキャプテン制度の復活を決めました。
野手と投手にキャプテンを置く方式には、役割分担という利点があります。野手は毎日の試合で攻撃や守備の連携を取りやすく、投手は登板間隔や調整方法が野手とは異なる投手陣をまとめやすいからです。
その後も、2016年には鳥谷と福原忍、2021年には大山悠輔と岩貞祐太という組み合わせで、野手・投手の双方にキャプテンを置く形が見られました。阪神の歴代キャプテンは、単独主将だけでなく、複数のリーダーを配置する方式も経験してきたのです。
なお、キャプテンの背番号を調べる場合は、選手の在籍年度と役職の任期を分けて確認する必要があります。鳥谷の「1」や藤川の「22」は当時の背番号であり、歴代主将が共通して着用する固定番号はありません。

【制度の経緯】なぜ阪神はキャプテン制を廃止し、2026年に復活させたのか
阪神のキャプテン制度は、監督のチームづくりや選手会の体制に応じて変化してきました。特に2012年以降の現代的な制度は、役職の設置と廃止が明確に確認できるため、現在の仕組みを理解するうえで重要です。
2012~2021年:野手キャプテンや投手キャプテンを設け、鳥谷敬、藤川球児、福留孝介、糸原健斗、大山悠輔らがチームのリーダーを担いました。年度によっては野手と投手の両方にキャプテンを置いています。
2022年:坂本誠志郎がキャプテンに就任しました。阪神球団公式サイトは2021年12月、2022年シーズンから坂本がキャプテンを務めると発表しています。坂本は選手間投票で選ばれたことも特徴です。
2023~2025年:岡田彰布監督の方針でキャプテン制度が廃止されました。日刊スポーツの報道によると、岡田監督は選手会長とキャプテンの役割の違いに疑問を示し、2023年から制度を設けない方針を採りました。この期間は、選手会長などの役職を中心にチームをまとめる体制でした。
2026年:藤川監督がキャプテン制度を復活させ、坂本をゲームキャプテンに指名しました。村上頌樹が選手会長であることに加え、先発投手は毎試合チームに同行するわけではないため、試合中の意思疎通や状況判断を担う選手が必要だと判断されたのです。
この経緯からわかるのは、キャプテン制度があるかないかだけで、チームのリーダーシップの強さが決まるわけではないということです。役職を設けない時期には別の選手がリーダーの役割を担い、2026年は試合中の判断を支える役職としてゲームキャプテンが設けられました。
【プロの結論】阪神のキャプテンと選手会長は何が違う?
阪神タイガースのキャプテンと選手会長は、どちらもチームの代表的な立場ですが、役割の中心は異なります。キャプテンは主にグラウンド内でチームをまとめ、選手会長は選手を代表して意見を取りまとめ、球団との連絡や選手会の活動を担います。
2026年の阪神では、坂本誠志郎がゲームキャプテン、村上頌樹が選手会長という形で役割が分かれています。中野拓夢は前選手会長としての経験を生かし、サブキャプテン役として坂本を補佐します。
選手会長の歴史を振り返ると、阪神では1978年に江本孟紀が初代選手会長となり、1980~1981年には小林繁が務めました。その後、掛布雅之や岡田彰布らも選手会長を経験しています。近年では梅野隆太郎、近本光司、中野拓夢と引き継がれ、2026年は村上頌樹が第20代選手会長に就任しました。
球団公式サイトの発表によると、村上の下では湯浅京己と榮枝裕貴が副会長を務め、石井大智と森下翔太が役員に就いています。こうした役員体制は、選手会長一人にすべての負担を集中させず、選手の意見を組織として取りまとめるためのものです。
両者の違いを整理すると、次のようになります。
- キャプテン:試合中の状況把握、選手間の連携、グラウンド内でのリーダーシップが中心。
- 選手会長:選手の意見の集約、選手会の運営、球団との連絡や調整が中心。
- サブキャプテン:キャプテンの補佐や、不在時の役割の代行を担う。
ただし、これらは役割の中心を示したもので、実際には選手の性格やチーム事情によって仕事が重なります。選手会長がグラウンド内でもチームを引っ張ることはありますし、キャプテンが選手の意見をまとめることもあります。
2026年の阪神で注目すべき点は、村上が投手として先発ローテーションを担いながら選手会長を務め、坂本がゲームキャプテンとして試合中の判断を支えるという分業です。藤川監督は、役職の肩書そのものよりも、試合の中で必要な判断ができる人物を適切な位置に置くことを重視していると考えられます。
【阪神タイガースキャプテン】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:2026年の阪神タイガースのキャプテンは誰ですか?
A1:2026年のゲームキャプテンは坂本誠志郎です。藤川球児監督が2025年12月に指名し、中野拓夢がサブキャプテン役として補佐する体制になっています。
Q2:2026年の阪神の選手会長は誰ですか?
A2:村上頌樹です。2024~2025年に選手会長を務めた中野拓夢から引き継ぎ、2026年シーズンから選手会長に就任しました。
Q3:鳥谷敬と藤川球児は何年にキャプテンを務めましたか?
A3:鳥谷敬は2012~2016年に野手キャプテン、藤川球児は2012年に投手キャプテンを務めました。2012年は野手と投手にそれぞれキャプテンを置いた時期にあたります。
Q4:阪神タイガースのキャプテン制度はいつ廃止され、いつ復活しましたか?
A4:岡田彰布監督の方針で2023年から廃止され、2025年シーズンまで設けられませんでした。藤川監督が2026年から復活させ、坂本誠志郎をゲームキャプテンに指名しました。
Q5:阪神タイガースの初代キャプテンは誰ですか?
A5:松木謙治郎です。1936年の大阪タイガース結成期から主将を務め、野球殿堂博物館でも初代タイガース主将として紹介されています。
Q6:キャプテンの背番号は決まっていますか?
A6:キャプテン専用の固定背番号はありません。鳥谷敬は現役時代に背番号1、藤川球児は背番号22を着用していましたが、背番号とキャプテンという役職は別のものです。
まとめ:2026年の阪神は役割分担でチームを支える体制へ
2026年の阪神タイガースのゲームキャプテンは坂本誠志郎、選手会長は村上頌樹です。中野拓夢がサブキャプテン役として坂本を支え、それぞれの立場からチームをまとめる体制が採用されています。
歴代主将を振り返ると、初代の松木謙治郎から、鳥谷敬や藤川球児、福留孝介、糸原健斗、大山悠輔、坂本誠志郎へと、時代に応じてリーダーの形が変わってきました。野手と投手にキャプテンを置いた時期もあれば、制度を廃止した時期もあります。
歴代の就任年を調べる際は、キャプテンと選手会長を混同しないこと、野手・投手の役職を区別すること、そして制度が廃止されていた年度を考慮することが大切です。2026年の体制は、単にキャプテンを復活させたのではなく、試合中の判断と選手会の運営を分担する仕組みとして見ると、その狙いが理解しやすくなります。
今後の阪神を追ううえでは、坂本のゲームキャプテンとしての働きに加え、村上が選手会長としてどのように選手をまとめるのか、中野がどのように両者を支えるのかにも注目です。役職の名前だけでなく、実際にどのような場面でリーダーシップを発揮しているかを見れば、チームの変化をより深く読み取れるはずです。 (出典: 阪神 タイガース キャプテン(Yahoo!ニュース))