寺嶋和史の現在は?2026年最新プロフィール・家系図と六代目尾上菊之助襲名の全貌
寺嶋和史(てらじま・かずふみ)さんは、歌舞伎の名門「音羽屋」に生まれ、2016年に初お目見得、2019年に七代目尾上丑之助として初舞台を踏み、2025年5月に六代目尾上菊之助を襲名した歌舞伎俳優です。2026年10月現在は12歳。父の八代目尾上菊五郎、祖父の七代目尾上菊五郎、母方の祖父である二代目中村吉右衛門という、歌舞伎界を代表する名優たちにつながる家系でも知られています。
注目すべきなのは、幼少期から舞台経験を積んできた和史さんが、なぜ10代前半という年齢で「尾上菊之助」という大名跡を受け継いだのかという点です。日本俳優協会の「歌舞伎俳優名鑑」、歌舞伎美人の襲名関連資料、松竹や博多座の公演情報をもとに、生年月日や家系図、初お目見得からの経歴、襲名の経緯、2026年現在の活動までを整理します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 現在の名前:2025年に六代目尾上菊之助を襲名。本名は寺嶋和史、2026年10月現在12歳です。
- 歌舞伎の経歴:2016年に『勢獅子音羽花籠』で初お目見得、2019年に『絵本牛若丸』で七代目尾上丑之助として初舞台を踏みました。
- 家系図:父は八代目尾上菊五郎、父方の祖父は七代目尾上菊五郎、母方の祖父は二代目中村吉右衛門です。
- 襲名の意味:父が八代目尾上菊五郎を襲名したのと同時に、和史さんが六代目尾上菊之助を襲名。音羽屋の芸と名跡を次世代につなぐ節目となりました。
- 2026年の動向:6月には博多座の「六月博多座大歌舞伎」で襲名披露が行われ、『菅原伝授手習鑑』の「車引」などに出演しました。
【寺嶋和史の現在】2026年の年齢・生年月日・プロフィール
寺嶋和史さんは、2013年11月28日生まれです。2026年10月22日現在の年齢は12歳で、2026年11月28日に13歳の誕生日を迎えます。現在の歌舞伎俳優としての正式な芸名は、六代目尾上菊之助です。
本名と芸名が異なるため、検索時には「寺嶋和史」「尾上丑之助」「尾上菊之助」という複数の名前が出てきます。しかし、これらは別人ではありません。寺嶋和史は本名、尾上丑之助は2019年の初舞台から2025年の襲名まで名乗っていた芸名、尾上菊之助は2025年に受け継いだ現在の芸名です。
| 項目 | プロフィール |
|---|---|
| 本名 | 寺嶋和史(てらじま・かずふみ) |
| 現在の芸名 | 六代目 尾上菊之助 |
| 生年月日 | 2013年11月28日 |
| 年齢 | 12歳(2026年10月22日現在) |
| 屋号 | 音羽屋 |
| 初お目見得 | 2016年5月、歌舞伎座『勢獅子音羽花籠』 |
| 初舞台 | 2019年5月、歌舞伎座『絵本牛若丸』 |
| 襲名前の芸名 | 七代目 尾上丑之助 |
| 菊之助襲名 | 2025年5月、六代目尾上菊之助を襲名 |
| 父 | 八代目 尾上菊五郎 |
| 祖父 | 七代目 尾上菊五郎、二代目 中村吉右衛門 |
上記の基本情報は、日本俳優協会の「歌舞伎俳優名鑑」に掲載されたプロフィールを中心に整理しています。
2026年現在の和史さんを理解するうえで大切なのは、年齢だけでなく、すでに複数の名跡を経験している点です。幼少期に本名で舞台に立ち、丑之助として初舞台を踏み、さらに菊之助へと進んだ経歴は、歌舞伎俳優としての成長と家の芸の継承が重なった歩みといえます。

【経歴・年表】2016年の初お目見得から2026年の舞台まで
寺嶋和史さんの経歴をたどると、舞台経験を積む節目と、芸名を受け継ぐ節目が明確に分かれています。初お目見得、初舞台、襲名という三つの出来事を押さえると、現在の六代目尾上菊之助に至る流れが理解しやすくなります。
2016年5月:『勢獅子音羽花籠』で初お目見得
最初の大きな節目は、2016年5月の歌舞伎座公演です。和史さんは『勢獅子音羽花籠(きおいじしおとわのはなかご)』に、本名の寺嶋和史として出演しました。
初お目見得とは、歌舞伎の世界で幼い子どもが観客に紹介され、舞台に初めて姿を見せる機会を指します。正式な芸名で初舞台を踏むこととは異なり、役者としての第一歩を観客に披露する意味合いがあります。
2019年5月:七代目尾上丑之助として初舞台
2019年5月、歌舞伎座の『絵本牛若丸』で源牛若丸を演じ、七代目尾上丑之助を名乗って初舞台を踏みました。2016年の初お目見得から約3年後の出来事です。
初舞台は、単に名前が変わるだけの行事ではありません。歌舞伎俳優として芸名を名乗り、舞台上の役を担っていく出発点です。丑之助という名を受け継いだことは、音羽屋の後継者として歩み始めた節目でもありました。
2018年・2019年・2020年:国立劇場特別賞
日本俳優協会の歌舞伎俳優名鑑には、2018年の『梅雨小袖昔八丈』、2019年の『姫路城音菊礎石』、2020年の『新皿屋舗月雨暈』への出演に関連して、国立劇場特別賞の記録が掲載されています。いずれも丁稚などの役を務めた舞台です。
こうした記録は、襲名という華やかな節目だけでなく、幼いころから実際の舞台を経験してきたことを示しています。
2025年5月:六代目尾上菊之助を襲名
2025年5月、歌舞伎座の「團菊祭五月大歌舞伎」で襲名披露興行が始まり、和史さんは六代目尾上菊之助を名乗りました。父も同時期に八代目尾上菊五郎を襲名し、親子で新しい芸名を受け継ぐ大きな節目となりました。
5月の歌舞伎座では『京鹿子娘道成寺』や『弁天娘女男白浪』、6月の「六月大歌舞伎」では『菅原伝授手習鑑』の「車引」や『連獅子』などが襲名披露の演目として上演されました。松竹と歌舞伎美人の公演資料からも、親子の襲名が複数の演目を通じて披露されたことが確認できます。
2026年6月:博多座でも襲名披露
2026年6月2日から22日まで、博多座で「六月博多座大歌舞伎」が開催されました。和史さんは六代目尾上菊之助として出演し、『菅原伝授手習鑑』の「車引」では梅王丸を務めました。また、夜の部では父の八代目尾上菊五郎とともに『連獅子』にも出演し、襲名披露の舞台を重ねています。
2026年の活動を見ると、襲名は名前を改めた時点で完結するものではなく、各地の劇場で観客に新しい名を披露し、役を通じて芸を示していく過程でもあることが分かります。
【家系図】尾上菊五郎と中村吉右衛門、二人の祖父との関係
寺嶋和史さんの家系図で特に注目されるのは、父方と母方の双方に歌舞伎界の名優がいることです。父方の祖父は七代目尾上菊五郎、母方の祖父は二代目中村吉右衛門。二人はそれぞれ異なる芸の系譜を代表する俳優です。
父は八代目尾上菊五郎
父は、2025年に八代目尾上菊五郎を襲名した歌舞伎俳優です。襲名前は尾上菊之助を名乗っていました。つまり、和史さんが現在名乗る「尾上菊之助」は、父が長年名乗ってきた芸名を受け継いだものです。
父の襲名前後を混同すると、「尾上菊之助」という名前が父を指すのか、息子を指すのか分かりにくくなります。2025年5月以降は、父が八代目尾上菊五郎、息子が六代目尾上菊之助という関係になっています。
父方の祖父は七代目尾上菊五郎
七代目尾上菊五郎は、和史さんの父方の祖父です。2025年に父が八代目を襲名した後も、七代目はその名を保っています。
尾上菊五郎という名跡は、江戸歌舞伎の歴史と深く結びついた大名跡です。松竹や歌舞伎美人の襲名資料でも、初代から続く菊五郎の系譜と、音羽屋が受け継いできた芸の重要性が紹介されています。
母方の祖父は二代目中村吉右衛門
母方の祖父は、二代目中村吉右衛門です。和史さんの母は、吉右衛門の四女にあたります。そのため、和史さんは音羽屋の家系だけでなく、播磨屋につながる家系とも縁があります。
歌舞伎美人の襲名関連資料では、和史さん自身が二人の祖父への尊敬を語ったことも紹介されています。世話物のせりふ回しに定評のある菊五郎と、時代物における心情表現で知られる吉右衛門は、それぞれ異なる芸の魅力を持つ存在です。
家系図を簡潔に整理すると
- 父:八代目尾上菊五郎(襲名前は尾上菊之助)
- 母:波野瓔子
- 父方の祖父:七代目尾上菊五郎
- 母方の祖父:二代目中村吉右衛門
- 本人:六代目尾上菊之助(本名・寺嶋和史)
この家系図から分かるのは、和史さんが単に有名な歌舞伎俳優の息子というだけではないことです。異なる芸の伝統を持つ二つの家系と結びつき、音羽屋の後継者として舞台経験を重ねています。ただし、家系の華やかさと、本人が舞台でどのような芸を確立していくかは、分けて考える必要があります。

【襲名の経緯】なぜ七代目尾上丑之助から六代目尾上菊之助へ?
2025年の襲名は、寺嶋和史さんの芸名が変わったというだけの出来事ではありません。父が八代目尾上菊五郎を襲名し、息子が六代目尾上菊之助を襲名するという、音羽屋の世代交代を象徴する出来事でした。
父が菊五郎を継ぎ、息子が菊之助を継ぐ
尾上菊之助という名は、父が襲名前に長く名乗り、さらに祖父も名乗ってきた芸名です。父が菊五郎の名跡を受け継ぐことで、その名が和史さんへと渡る形になりました。
歌舞伎美人が掲載した襲名関連の発表・インタビューでは、和史さんは、丑之助のままで演じたい気持ちもあった一方、祖父の思いを受け継いで菊之助を襲名すると決意したことを語っています。襲名は家の都合だけで機械的に決まるものではなく、本人がその名跡を背負う覚悟を持つことも大切な要素です。
2025年5月・6月の襲名披露で何を演じたのか
襲名披露では、名前の紹介に加えて、名跡にゆかりのある演目や、俳優の芸を見せる演目が組まれました。5月の『弁天娘女男白浪』では「稲瀬川勢揃いの場」の弁天小僧菊之助を務め、6月の『菅原伝授手習鑑』では「車引」の梅王丸に挑戦しました。
特に「車引」は、荒事の力強さや様式美が求められる演目です。歌舞伎美人の初日レポートでは、当時11歳だった新菊之助が梅王丸を身体いっぱいに演じ、客席から拍手が送られた様子が紹介されています。
また、『連獅子』では父と親子の獅子の精を演じました。親子で同じ舞台に立つ演目は、実際の家族関係と舞台上の親子の姿が重なる点でも、襲名披露の象徴的な演目となりました。
襲名はゴールではなく、芸を磨く新たな出発点
歌舞伎の名跡には、先代までの実績や観客の期待が積み重なっています。襲名した時点で名前の歴史を受け継ぐことはできますが、その名にふさわしい役者になるためには、舞台で経験を重ねる必要があります。
2025年の歌舞伎座、2026年の博多座と襲名披露が続いたことは、新しい菊之助の名を観客に知らせるとともに、さまざまな役を経験する機会にもなりました。襲名の意義は、名前そのものだけでなく、その名前でどのような芸を築いていくかという将来にあります。
【初舞台と芸の特徴】『絵本牛若丸』から『車引』『連獅子』へ
寺嶋和史さんの舞台経歴を理解するには、初お目見得と初舞台、そして襲名後の演目を分けて見ることが大切です。それぞれの舞台は役割が異なり、幼少期からの成長をたどる手がかりになります。
初舞台の役は源牛若丸
2019年5月の『絵本牛若丸』で和史さんが演じたのは、源牛若丸です。七代目尾上丑之助を名乗ったこの初舞台によって、本名での初お目見得から、正式な芸名を持つ歌舞伎俳優としての歩みへと進みました。
その後も舞台経験を積み、2025年には菊之助を襲名。幼いころから役を経験してきた点は、現在の経歴を語るうえで欠かせない要素です。
襲名披露で挑んだ梅王丸と弁天小僧菊之助
襲名披露では、音羽屋と関係の深い弁天小僧菊之助の役に加え、『菅原伝授手習鑑』の梅王丸にも挑みました。役によって求められる表現は異なり、せりふ、身体の動き、見得、舞台上の間合いなど、さまざまな要素を身につけていく必要があります。
襲名披露の演目が多彩だったことは、単一の役だけで新しい芸名を印象づけるのではなく、複数の演目を通じて菊之助の芸を示す機会になったことを意味します。
2026年の博多座でも梅王丸を再び演じる
2026年6月の「六月博多座大歌舞伎」でも、和史さんは「車引」の梅王丸を務めました。2025年の襲名披露で挑んだ役を再び演じたことは、同じ役を通じて経験を積み重ねていく過程を知るうえで注目できるポイントです。
また、父とともに『連獅子』にも出演しました。歌舞伎では、同じ演目を繰り返し演じるなかで表現を磨くことが重要です。初演時の話題性だけでなく、再演でどのように役を深めていくかを見ると、俳優としての成長をより具体的に捉えられます。
ただし、舞台写真や襲名時の話題だけから、演技力の将来を断定することはできません。今後の評価を考えるなら、演じる役の幅、せりふや所作の変化、舞踊での表現、継続的な舞台出演といった複数の要素を見ていくことが重要です。
【2026年最新】寺嶋和史に関する誤解と情報の見分け方
寺嶋和史さんについて調べると、本名と芸名、祖父との関係、襲名の時期など、似た情報が複数の表記で掲載されていることがあります。情報を正しく理解するためには、名前の変遷と、公式に確認できる経歴を整理することが役立ちます。
「寺嶋和史」と「尾上菊之助」は同一人物
本名の寺嶋和史と、現在の六代目尾上菊之助は同一人物です。2019年から2025年までは七代目尾上丑之助を名乗っていました。記事によっては旧芸名が残っている場合もあるため、掲載時期を確認すると混乱を避けられます。
また、本名の漢字は「寺嶋」です。「寺島」と表記される二次情報も見られますが、日本俳優協会の歌舞伎俳優名鑑では「寺嶋和史」と記載されています。人物を特定する際は、公式プロフィールの表記を基準にすると確実です。
祖父は二人いるが、家系上の関係は異なる
「尾上菊五郎が祖父」「中村吉右衛門が祖父」という情報は、どちらか一方が誤りというわけではありません。七代目尾上菊五郎は父方の祖父、二代目中村吉右衛門は母方の祖父です。父方と母方を区別すると、二つの名門とのつながりが明確になります。
年齢は記事の公開日によって変わる
生年月日は2013年11月28日です。2026年10月22日現在は12歳ですが、2026年11月28日以降は13歳になります。過去の記事で「11歳」「12歳」と紹介されていても、記事公開時点によっては正しい情報です。年齢を確認するときは、生年月日と記事の更新日を照らし合わせる必要があります。
学校名や私生活の情報は、公演情報と区別する
和史さんは未成年であり、舞台での活動と学校生活などの私的な情報は分けて考える必要があります。学校名や日常生活について断定的に記載した記事を読む際は、本人や関係者による公表、信頼できる報道などの裏付けがあるかを確認したいところです。
一方、初お目見得の日付、初舞台の演目、芸名の変遷、襲名披露の公演日程については、日本俳優協会、松竹、歌舞伎美人、博多座といった公式資料で確認できます。プロフィールの基本情報と、私生活に関する推測を同じ確度の情報として扱わないことが、寺嶋和史さんの現在を正しく理解するためのポイントです。
【寺嶋和史】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:寺嶋和史さんは2026年現在、何歳ですか?
A1:2013年11月28日生まれで、2026年10月22日現在は12歳です。2026年11月28日に13歳になります。
Q2:寺嶋和史さんは、いつ六代目尾上菊之助を襲名しましたか?
A2:2025年5月、歌舞伎座の「團菊祭五月大歌舞伎」で襲名披露興行が始まり、六代目尾上菊之助を名乗りました。父も同時期に八代目尾上菊五郎を襲名しています。
Q3:寺嶋和史さんの祖父は誰ですか?
A3:父方の祖父が七代目尾上菊五郎、母方の祖父が二代目中村吉右衛門です。異なる芸の系譜につながる家系が、和史さんの大きな特徴の一つです。
Q4:七代目尾上丑之助と六代目尾上菊之助は別人ですか?
A4:同一人物です。寺嶋和史さんは2019年の初舞台で七代目尾上丑之助を名乗り、2025年に六代目尾上菊之助を襲名しました。
Q5:寺嶋和史さんは2026年にどのような舞台に出演しましたか?
A5:2026年6月の「六月博多座大歌舞伎」で襲名披露が行われ、『菅原伝授手習鑑』の「車引」で梅王丸を務めました。父の八代目尾上菊五郎とともに『連獅子』にも出演しています。
まとめ:【プロの結論】六代目尾上菊之助の未来は舞台で見えてくる
寺嶋和史さんは、2016年に初お目見得、2019年に七代目尾上丑之助として初舞台を踏み、2025年に六代目尾上菊之助を襲名しました。2026年10月現在は12歳。父の八代目尾上菊五郎とともに襲名披露を経験し、同年6月には博多座でも舞台を務めています。
家系図をたどれば、父方の祖父は七代目尾上菊五郎、母方の祖父は二代目中村吉右衛門です。音羽屋の芸を継ぐ立場であると同時に、異なる歌舞伎の伝統にもつながる存在です。こうした背景が、和史さんへの関心を集める理由の一つになっています。
プロの視点で重要なのは、襲名の華やかさと、役者としての評価を分けて見ることです。名跡は歴代の俳優が積み重ねてきた実績を受け継ぐものですが、その価値を次の世代でどのように発展させるかは、これからの舞台にかかっています。
2025年の襲名披露、2026年の博多座公演は、その歩みの重要な節目です。今後は、演じる役の幅がどのように広がるのか、同じ役への再挑戦でどのような変化が見られるのか、舞踊やせりふにどのような個性が表れるのかが注目点になります。
寺嶋和史という本名から六代目尾上菊之助という名跡へ。その歩みを理解するには、家系や襲名の話題だけでなく、一つひとつの舞台を継続して見ていくことが欠かせません。音羽屋の新たな世代が、歴代の芸を受け継ぎながらどのような菊之助像を築くのか。2026年は、その長い成長の過程を見守るうえで重要な時期といえます。 (出典: 寺嶋 和 史(Yahoo!ニュース))